養子だったけど、私の人生最高。

生き方

このブログで、そのうち記事にしようかなぁと思いながら書くのを忘れていた私の生い立ち。たいそうな事ではありませんが『私は養子だった』ことについて。

引き取られるまで


私の母子手帳には2人の母の名前が記入されています。産みの母と育ての母。

私は祖父母に養子として育てられました。

私の本当の両親についてまとめておくと。。。

  • 18歳で駆け落ち
  • 長女出産(私の実の姉にあたる人であったことはない)
  • 19歳で私を出産
  • 私が生まれて15日目に父が無免許でバイクに乗って事故死
  • この時点で私の年子の姉は、父方の家に引き取られる
  • 私は母と2人で生活
  • 母がヒモ男の彼氏を作り3人での生活が始まる

そしてこの3人暮らしが始まってから、今の時代にもニュースでよく見る『内縁の夫による虐待』というやつをどうも経験しているらしいのです。あくまでも、聞いた話なのでどの程度だったかは定かではないし、ちょっと小突かれた程度を、当時3歳になるかならないかの幼かった私が大袈裟に訴えただけかもしれませんが。。。

とにかく、3人で生活しているその環境が育児に相応しい状況ではないと心配していた母方の私の祖母が、様子を見にきたときに、私が「〇〇ちゃん(母の彼氏)がぶつの」と何度も訴える姿をみて、このままではダメだと決心して私を引き取ってくれたのです。
その時の話を聞くたび、思い出すたびに、当時の私に心から
『幼かった頃の私、グッジョブやで!!!!』
と心の底から思うのです。人間には小さな子供のうちからちゃんと自分を守る、生きる力が備わってて、私もちゃんとそれをやってたんだと、、、本当に自分であの頃の自分を褒めるというか、感謝しています。(あ、今自己肯定感育ちましたw)

ちなみに引き取ってくれた祖父母も実は再婚していて、祖母は私の本当の血縁上のつながりのある祖母なんですが、祖父の方は私の生みの母を出産後の再婚相手なので、私とは全く血の繋がりがありません。ややこしいですね。とにかく、こうして私は3歳になる年に、血の繋がった母方の祖母とその再婚相手の元に養子として引き取られることになりました。
私の記憶はここから作られているので、昔としては珍しい高齢出産で、両親が友達よりもちょっと年上と思いながらも自分が養子だなんて思いもしませんでした。

自分が養子と気付いた日


学校の授業で血液型の勉強しましたよね?それまでは『何でうちの親はこんな年寄りなんや』と思うくらいで何にも疑っていなかったのが、血液型の組み合わせによって、『おやおやぁ???これってひょっとして、私の生い立ち普通じゃないんじゃないの???』と思うようになりました。
というのも私の両親は2人ともA型。A型同士からはAB型は生まれないんですよね。はい、私AB型です。

自分の生い立ちについて気付くきっかけってこんなものだと思います。ドラマなんかではこのあたりって見せ場?で『どうして本当のことを黙っていたの!?!?』みたいに涙ながらに親を問い詰めるシーンを思い浮かべてしまうのですが、、、(笑)意外とそんなことはなくて、当時これについて育ての親とどんなやり取りをして自分が養子だと伝えられたか、あまり記憶にないんです。そのくらい私の人生では大したことではなかったということです。

その後人に自分の生い立ちを話すたびに「苦労してきたんやね」「よくグレなかったね!」となぜか励まされるので、あ、これって特別なことなんだなって当時の自分は思うようになっていました。

結局自分の置かれた環境がどうかなんて自分次第


思春期って本当にややこしい。自分の生い立ちが人とちょっと違うことがわかってからの私はややこしさの極みでした。自分は悲劇のヒロイン!!みたいな、、、でもね、悲劇のヒロイン気取って面白いことも得することも一個もなくてすぐに飽きた記憶があります。

自分の置かれた環境をどんな風に捉えるか、ややこしくするか楽しくするか、全部自分が決めるんですよね。

今もそう。子供が3人いて専業主婦だからってそれはやりたい事を諦める理由にはならないんです(もちろんやりたい事をやるためには自分勝手ではダメだし周りとコミュニケーションを取らなければなりませんが。。。)それは死ぬまでそうなんだと思います。

過去の記憶や体験に囚われない


皆さんは幼少期の記憶ってどのあたりまで遡れますか?私は、かろうじて幼稚園の年長くらい?おそらくみんなそんなものではないかなと思います。稀に幼い子がお腹の中にいた時の記憶を持って生まれてくるって言いますが、それはそれとして。

幼少期の体験がその子の人格を形成するらしいですが、じゃぁどんな体験がその子にとって良かったのかっていうのは、すべて本人の意識次第だと思います。
私の幼少期の記憶はありませんが、今自分の生い立ちや人生振り返ってきて、良いことも悪いことも全部ひっくるめて今があると思ってます。というか実際そうだから。

あの経験がなければって思うほど嫌だったことも、出会わなければよかったと思ったことのある人も、中二病よろしく『産んだ母親』に産まなければよかったのに!!と腹を立てたことさえも、私の人生になくてはならない必要なものばかり。

今の生き方が未来の糧になる


色んな家庭があるので、私の人生や生い立ちは人にとってはそんなに珍しいことでも何でもないこと。でも私の人生は私だけが経験していて、自分にとってはものすごく意味のある、そして価値のある人生だと思っています。きっと皆さんの生い立ちだって素晴らしい価値のあるものです。今もしも辛くても、人生って必ずうまくバランスが取れていて、嫌なことって絶対にずっとは続かないんです。ドン底まで落ちてドン底掘り抜くようなことってない。必ず落ちきったら上がるしかないんです。その上がる過程にあるのは這い上がっていく成長で、ドン底に落ちたから得られるものですよね。ほんと無駄なことって何もないと思います。

今の生き方が未来の糧になるなら今を死ぬ気で楽しみたい!って思いませんか?

今の人生が本当に大好き。大好きな家族と大好きな友達と、関わりを持ってくれている全ての大切な人たち。みんなが幸せになれば、それは私にとっての幸せです。そんな人生が楽しくて最高です。

このブログが1人でも幸せになるきっかけになれば嬉しいです。

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