小学2年の次男が不登校になりかけている話。

子供

ご無沙汰しております。

ブログの更新が止まっていた間、一体何をしていたか。
『は?別に興味ないけどw』と思われるかもしれませんが、言わせてください。

長尾瞳は何をしていたか。

YouTubeにチャンネルを作って動画を投稿。
ヨガのインストラクターになるべくヨガスタジオに通い始めた。

ここまでは『おーなんか楽しそう』でしょう?

 

これだけではないんです。

それは・・・

 

学校に行けず、自宅にいる次男の対応。

今年小学2年生になった次男坊が学校に行けたり行けなかったり。

対応といっても、特別なことは特にはやっていないのですが、やはり我が子が不登校になったかもしれない状況というのは、親なら誰だって心中穏やかじゃない。

そんな中、私は1つの信念に基づいて、それがこの状況を乗り越えて行くための最適解なのかを模索しています。

不登校という状況になったようななってないような次男と私たち家族のありのままを、

何回かに分けてブログに残しておきたいと思います。

◆我が子を信じて待つ。たった1つの信念。

このブログと関連づけて、YouTubeにチャンネルを開設しました。

そこで1ヶ月前に最初に投稿した動画が↓↓↓こちら。

この時は次男が不登校にはならない!って信じている私がいますが(苦笑)。

でもね、この動画で1番伝えたい信念の部分は全くブレていません。

それが

「信じて待つ」

ということです。

心の底から「信じて待つ」ことができると、親としても穏やかでいられるものです。

この動画から1ヶ月。

心穏やかに「信じて待つ」ができないこともありました。

 

◆周囲に振り回される自分への苛立ち

周囲の反応、求めていないアドバイス、不要な心配に、私はものすごく心を乱されました。

こんな風に書くと、まるで人間不信のような人に思われるかもしれないのですが、

私としては心配されることが本当に辛かった。

色んな形で関わった方が、本当に皆さん私のことを思って、本当に優しくしてくださっていました。

思ってくれる誰かがいる、これはありがたいことです。

しかしその優しさは、私にとってその時必要なものではなかった。

お願いだから、信じてそっとしておいて!!!というのが本音でした。

もしかした1番信じて待って欲しかったのは自分自身なのかもしれません(笑)。

 

人は1人では生きられない。

いつの時代もこの言葉ってそこかしこで聞かれます。

でも、この考えを振りかざして、心配している風に見えて、

実は無意識に人の心に土足で立ち入ってしまっていることもあることに気づきました。

「1人じゃ生きていけないのだからもっと助けを求めるべき」

「人の助言を聞かないんのは失礼」

「〇〇すべき。〇〇はだめ!」

そして最後に、「まぁ育ててるのは私じゃないからなぁ」と去っていくのです。

 

「信じて待ちたい」という信念を打ち明けて、私が欲しかった言葉は

「分かった!じゃ何かあったらいつでも助けるからね!」

これだけでした。

 

私自身が信じてもらうに足らない存在という可能性もありますが、

ただ、この状況を不満に思ったり愚痴を書くつもりはありません。

周囲の人に気にかけてもらえることへの感謝と、周囲の反応や言葉に振り回されてしまう自分への苛立ち。

そんな課題に取り組む中で、私は大切なことを学び気づくことができました。

  • 状況によっては信じて待ってもらえるチャンスがないこと。
  • 人は信じて待ってもらえないことで自尊心が傷つくということ。
  • だからこそ、私は信じて待てる人でありたいと強く信念を持ち直せたこと。
  • 本当に困った『いざ!』という場面ですぐに手を差し伸べられる人でありたい。

前例があったり、自分の理解の範囲内のことは誰にだって信じてもらいやすいもの。

しかし、これが不登校など今まで経験したことのない課題に対しては人間は否定的になりやすく、

不安から信じることへの恐れが生じるように感じます。

 

それでも信じて待つことは、確かに覚悟のいることです。

こんな時私は、アドラー心理学の「課題の分離」を思い出すようにしています。

この課題は誰が乗り越えるべき課題なのか。

ここに着目することで、「学校へ行くか行かないか」という課題は次男の課題であって、

私が介入すべきではないと解釈することができます。

こうした客観的な思考から、では母親としての課題はなんなのか?を問題提起することで、

自分のすべきことが見えてくるのです。

私がよく読み返すアドラー心理学の本はこちらです。

↓↓↓

◆次男の今の様子

行けたり行けなかったり、5日連続で登校できたかと思えば、8日連続でお休みしてみたり(笑)。

今日6月8日は遅刻ながらも学校へ行っています。

半分不登校みたいな状況で「信じて待つ」のだけれど、

じゃあ親として毎日どんな風に接してるのか?これについてはまた改めて別の記事をアップ予定です。お待ちください。

 

ちなみに、昨日6月7日は、次男の8歳のお誕生日でした。


3人の息子たちにはそれぞれに、たくさんのことを気付かされます。

3人の息子たちが私を母親に選んで生まれてきたことの意味、

それこそが、このブログのベースにもなっているように思います。

「育児しながら幸せになる」

自分を犠牲にしたらあかんよ。

自分を大切にせなあかんよ。

その気づきのきっかけをくれるのはこの子たちなんですよね。

本当に感謝です。

 

最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

このブログが不登校だけでなく、育児の悩みや苦しみから少しでも解放されて、親子ともに笑顔でいられる家庭が増えることを、心から願っています。